すべての悩みは「人間の三大煩悩」を観察するだけで解決できる?

  • LINEで送る
2015.10.25

suzie.20151025

悩みのはじまりには、決まって“心の反応”があるもの。心がつい動いてしまうから、そこに悩みが生まれるということです。

ならば“ムダな反応をしない”ことで、すべての悩みを根本的に解決できるはず。

これが、『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』(草薙龍瞬著、KADOKAWA)の考え方。

そして「反応しない練習」を教えてくれるのは、古代インドの賢者であるブッダの考え方だそうです。

そのことを理解するため、「悩み」をモチーフにして考えてみましょう。

■悩みは「貪欲」「怒り」「妄想」のどれか?

そもそも人はなぜ、いつまでも悩みから抜け出すことができないのでしょうか? 著者によれば、それは「自分の心が見えない」から。

たとえば心にモヤモヤしたものを抱えているとき、もし「心の状態を知る」という発想を知らないと、霧が晴れない状態はいつまでも続くことになってしまいます。

そこで解決のために著者が勧めているのは、心に「貪欲」「怒り」「妄想」の、どれが存在するのかを観察してみること。

たとえば「欲が働いている」「怒りを感じている」「これは妄想である」という具合で、3つともある場合が少なくないそうです。

たしかに、それを知るだけでもモヤモヤは晴れていくものですが、ここで注目すべきポイントがあります。

モヤモヤが晴れていくとき無意識で実践しているのが、本来の仏教——「心を浄化する修行」なのだということ。

■「人間の三大煩悩」で心の状態を理解

ちなみに「貪欲」「怒り」「妄想」は、伝統的には貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の「三毒」と呼ばれ、「人間の三大煩悩」とされています。

そして現在に伝わる仏教が、こうした煩悩を「戒めなさい」と説いていることも有名な話。

しかしブッダが生きていた当時、これらは「心の状態を理解するためのツール(方法)」だったというのです。

そもそも“ブッダ”とは、「正しい理解をきわめた人」という意味で、「目ざめた人」「覚者(かくしゃ)」とも呼ばれています。

重要なのは、「正しい理解」とは「自分が正しいと考える」ということではないということ。つまり「自分流の見方・考え方で理解する」という意味ではない。

むしろ逆で、「自分はこう考える」という判断や解釈、ものの見方を一切差し引き、物事を「ある」ものを「ある」とだけ、ありのままに、客観的に、主観抜きの“ニュートラル”な目で見据えるということ。

■ブッダの「正しい理解」の本質的な意味

「正しい理解」に反応はなく、ただ見ているだけ。動揺しない。なにも考えない。じっと見つけているだけ。そこまで徹底したクリアな心で、自分を、相手を、世界を理解することを、「正しい理解」と表現しているのです。

いわば「正しい理解」こそが、苦しみを超える道であるということ。「正しい理解」をきわめた人であるブッダが到達した境地のことを“解脱(げだつ)”と呼ぶことがありますが、これは「自由」「解放」という意味なのだとか。

だとすれば、仏教=ブッダの教えとは、「正しい理解によって、人間の苦悩から自由になる方法」ということになるわけです。

著者は、こうした考え方について、「これは宗教ではありません。本書が『ブッダの合理的な考え方』と呼ぶことには、明白な理由があるのです」と説いています。

たしかにそう考えると、ブッダの教えを日常生活に取り入れることには合理的な意味があるといえるかもしれません。

(文/書評家・印南敦史)

 

【参考】

※草薙龍瞬(2015)『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』KADOKAWA

関連記事