江戸時代の人達がどうやって「時間」を知っていたのかが明らかに

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2015.10.28

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現代人は時間に追われて日々を過ごすことが多いですよね。それもそのはず、電車などの交通機関をはじめ、すべての物事が時間に管理されて回っているからです。

それでは時計がなかった江戸時代は、いったいどのようにして時間をみていたのでしょうか。

それを探るために今回は、作家で江戸文化研究者の石川英輔さんの著書『実見 江戸の暮らし』から江戸時代の時刻について紹介してきたいと思います。

■1:太陽を見て時間を知る

江戸時代の代表的な時間を知る方法に「不定時法」があります。空を見上げ、太陽の位置そのものを時刻として考えたもの。太陽が時計、空が文字盤で大まかな時間を読み取る方法です。

現在なら、こんなアバウトな見方は考えられないかもしれませんが、電車も自転車すらもない時代ならこれでも困らなかったようです。

■2:各地域の時報を聞く

ただし毎日太陽が見えるとは限らず、雨の日もあります。そこで、各地にはいろんな「時報」があったようです。城で打ち鳴らす太鼓、町で管理している鐘などで、その土地なりの標準時を知ることができたのです。

では、その太鼓や鐘を鳴らす人はどのように時刻を計っていたのでしょうか? 江戸時代の日本は時間を全国統一にする必要がなかったため、一般論としては「それぞれやりやすいようにやっていた」ということです。

■3:時計的な機械で知る

江戸時代にも、現在とは使い方の異なる機械式時計が存在しました。日本で最初の時計は、スペイン皇帝が徳川家康に贈呈したという説の定時法時計です。

しかし不定時法の日本は24時間制の時計は使えず、日本の技術者がその構造を応用して、独特の不定時法時計をつくり始めたのです。

いまでは「和時計」「大名時計」と呼ばれていますが、いずれも節気ごとに昼と夜の時刻を変える必要があり、いまの時計より複雑なものでした。元禄三年(1690年)刊の「人倫訓蒙圖彙」には、「時計師」という職業があったそうです。

時計師は季節により土地の昼夜の進み方を調節し、節気ごとの目盛の位置を表に書いて販売したのではないかといわれています。ただし、和時計自体がかなりの贅沢品で使い方も難しく、一般庶民が扱うものではなかったとのことです。

江戸時代は、人間の歩く速度以上の早さで移動する手段もなく、時間に多少の誤差があっても困らなかった時代だったのです。「空を見て、太陽で大まかな時間を知る」なんて、のんびりしていて、ちょっとうらやましい気もしますね。

現代人も、時には時計を外して、昔の人のようにのんびりと過ごす時間も必要かもしれませんね。

(文/齊藤カオリ)

 

【参考】

石川英輔(2013)『実見 江戸の暮らし』講談社

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