今年93歳の女性が長い人生経験から語る「つらいときの対処法」

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2015.11.14

suzie.20151114

『なにがあっても、ありがとう』(鮫島純子著、あさ出版)の著者は、日本の資本主義の礎を築いた人物として知られる渋沢栄一を祖父に持つ人物。

大正11年(1922年)生まれということなので、今年で93歳ということになります。

つまり本書では、90年以上もの長きにわたって人生経験を積み上げてきた結果、見えてきたこと、わかってきたことを綴っているわけです。

ちなみにそんな著者は、なんとか聖者の教えを乞いたいと思って近所のキリスト協会に通い続けて答えを探し求めたことがあるそうです。

しかし「聖書の御言葉は崇高すぎて」疑問は解けないままだったのだとか。

そして、仏教のお説教を聞いたり、インドの聖者の本を読んだりしても、なかなか納得のいく答えにはたどりつけなかったのだといいます。

しかしその後、たまたま出会った一冊の本によって、人生の心理といえる考え方を知ったのだとか。

その本についての詳しいことには触れられていませんが、どうあれ紆余曲折を経て、現在の考え方に思い至ったということのようです。

だとすれば、ぜひ人生の先輩に聞いてみたいのは、「つらいときの対処法」ではないでしょうか? そこできょうは第二章「つらいことにありがとう」から、役に立ちそうな考え方を引き出してみたいと思います。

■つらいときこそ誠実に向き合うと乗り越えられる

つらく苦しいときは、なかなかそれを受け止めることができず、他者を責めたりしてしまいがち。

しかし著者は、そんな状況に陥ったときに大切なのは、「自分に縁のないことは起こらない」という人生の仕組みを信じることだと説いています。

そうした考え方を信じることによって「乗り越える力」が身についてくると、ただ悲しみに打ちのめされることもなく、「これは自己責任」だと覚悟のうえで乗り越えられるようになるから。

■つらさを感謝の気持ちに切り替える努力をする

そして、人間に生まれたということは、前世で成し得なかったクリアすべき問題が残っているとうことだとも主張しています。

ネガティブな想いではなく、「前世から抱えている問題が、解消されるために現れたのだ」と固く信じ、それを感謝の気持ちに切り替え、「これでよくなる」と思う努力をすべきだというのです。

そして著者はここで、永遠のベストセラーといわれている聖書のフレーズを引用しています。

それは、「神は耐えられないほどの試練は与えない」というもの。

しかし、そういうものを「与えられる」と、人は逃げたくなるものだということは著者自身も認めています。

ちなみに個人的には、こういう話題を出しながらも、特定の宗教の考え方に偏りすぎないところに著者の魅力があると感じました。

それはともかく、著者はここでひとつの提案をしています。

そんなときには、「身近に起こるマイナスの事象は、自らが決めたレベルアップの手段で、すべて自分で解決できるはず」と解釈してはどうだろうかというもの。

そうすれば、どんなにつらくて悲しいことでも、感謝の気持ちに変わっていくのではないかと記しているわけです。

■つらさは「必要な学習」と思えば乗り越えられる

とはいえ著者自身も、このように認識できるようになるまでには時間がかかったのだそうです。

けれど、うまくいかなくても繰り返し、次のように思っていたのだといいます。

「どんなことにも逃げず、誠実に取り組むことにこそ意味がある。もしも自分の期待どおりにいかなかったとしても、自分に必要な学習」

たしかにこう考えてみれば、つらさを乗り越えられそうな気がします。事実、著者も次第に、そのように受け止められるようになっていったのだといいます。

「なぜいま、自分はこういう事態を引き起こし、自分になにを学ばせようとしているのか?」

そう考えて向き合うと、失敗もありがたく感じ、自然と事態も好転していくもの。

自分に縁のないものは決して起こらない。

そういった人生の仕組みを知れば、つらく苦しい時間も、魂を磨く大切な一時として、ありがたく思えてくる。

著者はそう記しています。

もちろんそれは、悩みの渦中にいる人にとっては簡単に共感できるものではないかもしれません。しかし、だからこそ、あえて受け入れる強さを持つ。結局のところ、そういう姿勢が大切だということなのではないでしょうか?

キリスト教の考えをベースにしながらも、広い視野でものごとを見ている。そんな著者の姿勢は、多くの人の共感を呼ぶはずです。

悩んでいる人、つらい人は、手にとってみるといいかもしれません。

(文/書評家・印南敦史)

 

【参考】

※鮫島純子(2015)『なにがあっても、ありがとう』あさ出版

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