ご存知のとおり、『心を動かす交渉上手の思考法 裁判官の仕事術にみた人を納得させて動かす技術』(八代英輝著、詩想社)の著者は弁護士。
テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍されているので、名前を見ただけでピンとくる方も多いのではないでしょうか?
そんな著者は本書の冒頭で、よくある「交渉術」「対人術」などの有効性に疑問を呈しています。
理由は明白で、相手を煙に巻いたり、だましたりするような小手先のテクニック、姑息な詭弁によって相手を心から納得させることは不可能だから。
それでは「いいくるめる」だけなので、その場をしのぐことだけで終わってしまうという考え方には強い説得力があります。
では、人を本当に納得させ、動かしていくためにはなにが必要かといえば、それは「論理力」。
なぜなら人は、客観的な材料と、それを積み上げていく論理の力によって心から納得し、自ら進んで行動を起こすものだから。
それは裁判官時代に培った考え方だといいますが、つまり本書ではそんな「裁判官式思考法」に基づいて、さまざまな交渉のノウハウを明らかにしているのです。
きょうはそのなかから、「交渉」と「時間」にまつわる考え方を抜き出してみたいと思います。
■交渉では必ず15分前に現地へ
交渉においては、たとえ些細なことであったとしても、自分が不利になるような状態は避けるように気をつける必要があります。
そして著者によれば、それは交渉のスタートラインから肝に銘じておくべきこと。
たとえば待ち合わせ時刻に遅れるとしたら、それがたった1分の遅刻であったとしても、もし相手がすでに待ち合わせ場所に来ていた場合には、開口一番、遅刻したことを謝らなければならなくなります。
つまり、それだけで相手に借りをつくることになるわけなので、交渉を進めるにあたっては精神的に不利な状態になることに。
一段低い位置からのスタートを余儀なくされることになるわけです。
特に打ち合わせ場所が初めて足を運ぶところであるなら、時間を十分にとり、あらかじめ場所を確認したうえで、近くの喫茶店にでも入って約束の時間が来るのを待つべき。
そのくらい、余裕を持っておく必要があるので、コーヒーでも飲みながら気持ちをリラックスさせておくことがポイント。
■事前の準備が交渉を成功させる
そしてリラックスできたところで、どういう組み立ててで自分の論を進めるかということを、もう一度頭のなかでシミュレーションしてみる。
もちろん資料にも目を通し、不備がないか確認することも大切。
そうやって事前にチェックをするだけでも、心のゆとりが変わってくるものだといいます。
精神的な側面が交渉に影響を与えることは少なからずあるので、相手と向き合う前に心の準備ができる時間を持つことは大切。
小さなことであっても万全を期し、落ち着いた状態で交渉に臨むようにすることが、交渉のうまい人のやり方なのだと著者はいいます。
■終了時刻は事前に設定しておく
時間を有効に使うため、打ち合わせの時間は「何時から」だけではなく、「何時まで」という終わりの時刻もあらかじめ決めておいたほうがいいのだとか。
終わりの時刻を決めておかないと、その後の予定を立てられないということがまずひとつ。
また時間意識を持ち合わせていない相手の場合、世間話だけで大幅に時間を浪費してしまう可能性もあるからです。
しかし終了時間を決めておけば、相手も計画的に話してくれる確率が高くなるもの。だからこそ、必ず「何時まで」と決めておいたほうがいいというのです。
■打ち合わせを切り上げたいとき
では、そろそろ切り上げたいというときには、どういういい方をすれば、相手の気分を害することなく次に繋げられるのでしょうか?
この点について著者は、ポジティブな表現をすれば問題はないとしています。
「きょうはとてもいい打ち合わせができました」「次回改めてご提案いたします」など前向きな姿勢を見せれば、相手も悪い気はしないということ。
ただし、その日の交渉が明らかに不毛なものだった場合、「とてもいい打ち合わせができました」だと嫌味にしかならないので注意が必要。
そういうときには、「今回は共通の認識に立てない点も多かったのですが、次回に向けてそういう点は徐々に解決していければと思っております」というように、次回への期待を込めた挨拶をするのがいいそうです。
状況をつかんで臨機応変にいい換えることが重要なので、そういう技を身につけておくことが大切だということです。
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ビジネスの現場においては、さまざまな交渉の必要性が生じることになります。つまり好むと好まざるとにかかわらず、それはビジネスパーソンには避けて通れないハードル。
だからこそ本書を通じ、交渉に関する的確なスキルを身につけておきたいところです。
(文/書評家・印南敦史)
【参考】
※八代英輝(2015)『心を動かす交渉上手の思考法 裁判官の仕事術にみた人を納得させて動かす技術』詩想社