「東京一極集中は悪であり、地方との格差をなんとしても是正すべきだ」という意見は、日本人のなかに強く根を張っています。
けれども、「本当にそれだけでいいのだろうか」と疑問を投げかけるのは、『東京一極集中が日本を救う』(市川宏雄著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者。
数十年の歳月を都市政策研究に捧げ、第一線の海外の研究者と議論を重ねてきた専門家だそうです。そしてそんな立場から、誰も口にしたがらないことを明らかにする責任を感じているのだとか。
資源を持たず、少子高齢化で労働力さえ失われつつある日本が今後も国際競争を勝ち抜いていくには、ヒト・モノ・カネを東京に集中するしかないということ。
地方にまわすお金が枯渇しつつあるいま、東京が世界的に競争力のある都市になり、率先して稼いでいかなければ、地方にとっても得はなくて当然。東京が沈めば、地方が沈み、日本が沈んでしまうというわけです。
だとすれば、すぐに思い浮かぶのが、2020年の東京オリンピック、パラリンピックの経済効果です。このことについて、著者はどう考えているのでしょうか?
■2020年の五輪は「成熟型」
2020年に開催される東京オリンピック、パラリンピックと1964年大会とは、どのような違いがあるのでしょうか?
この問いについて、著者は「進化」を指摘しています。
決定的に異なるのは、東京がかつてのような発展途上都市ではなく、前回大会から56年の歳月を経た結果、都市機能が高度に整備された「成熟都市」へと成長しているということ。
東京はすでに、ロンドン、ニューヨーク、パリに型を並べ得る国際都市へと発展を遂げているということです。
注目すべきは、東京オリンピック招致委員会が「都市の中心で開催するコンパクトな大会」というコンセプトを掲げたこと。
前回大会では急激な投資を行ったため経済的な反動が見られましたが、今回は違います。
前回の反省を踏まえ、既存の施設を使い、施設を集中させ、設備費用がかからない「世界一コンパクトな大会」を打ち出したのです。
ですからこれが成功すれば、すでにインフラや競技施設が整備されている都市だからこそ可能な、コスト・時間・エネルギー・環境負荷を抑えた新しいオリンピックの形を世界に提示できることになるわけです。
■五輪の莫大な「経済波及効果」
そして、そんな二度目の五輪が東京にもたらすプラスの効果として真っ先に挙げられるのは、当然のことながら経済効果です。
東京都の試算による東京五輪の経済波及効果は約3兆円。東京都は五輪の当事者なので、そう考えるとこの額はきわめて控え目だともいえます。しかしこれは、おそらく五輪に直接関係したお金の動きだけを追っているからだろうと著者。
しかし東京オリンピック、パラリンピックの経済効果は、施設整備費や大会運営費などの直接支出だけでなく、もっと広範囲に及ぶはず。
ちなみに東京都はオリンピック、パラリンピックに直接関連するものに範囲を限定した形で、正しくはその経済波及効果を2兆9,609億円と試算したそうです。
また、森記念財団都市戦略研究所は、東京都の試算とかぶらない形で、補完的にオリンピック効果を多角的に想定したのだといいます。その内訳は次のとおり。
・在日外国人の増加(消費拡大)生産誘発額3,356億円
・宿泊施設の建設増加(建築投資額増大)生産誘発額1兆308億円
・基盤整備事業の前倒し(基盤整備事業投資額の拡大)生産誘発額1兆2,591億円
・新規雇用の増加 延べ106万人増 生産誘発額2兆7,988億円
・オフィス等の都市開発の前倒し 生産誘発額1兆1,837億円
・外国企業の進出 生産誘発額2兆2,792億円
・ドリーム効果(高揚感がもたらす支出増大) 生産誘発額7兆5,042億円
計:16兆3,913億円の生産誘発額
■日本の経済成長率がアップする
したがって、オリンピック、パラリンピック全体の経済波及効果を見るには、両者を足せばいいということになります。その結果、2兆9,609億円+16兆3,913億円=19兆3,522億円ということになります。
これらの粗付加価値誘発額は合計で9兆7,346億円になり、1年あたりで計算すると1兆3,907億円。この数値は、2014年度の実質GDP525兆8,664億円のおよそ0.26%。
つまり2020年のオリンピック、パラリンピック開催は、日本の経済成長率を0.26%程度押し上げてくれるというのです。
GDPを0.26%も上昇させることは、政府がどれだけ優れた政策を用いたとしても容易なことではありません。つまり、この効果は非常に大きいということになります。
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ここで取り上げた五輪問題のみならず、本書では様々な角度から東京一極集中がもたらすものの影響の大きさを説いています。
今後の日本のあり方を見極めるためにも、ぜひ読んでおきたい内容だといえるでしょう。
(文/印南敦史)
【参考】
※市川宏雄(2015)『東京一極集中が日本を救う』ディスカヴァー・トゥエンティワン