明日を語れることが宝物!約3千人みとった医師が語る一日の重み

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2016.02.06

jinseia

「もし今日が人生最後の日だとしたら、どう生きたいですか?」

これは、20年以上在宅医療に携わってきた医師・小澤竹俊氏による近著『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』の冒頭で、読者に投げかけられた問いです。

昨年6月、政府は医療費削減のため、10年後の病院ベッド数を削減する目標を発表。2025年には、いまよりも約30万人多くの人が自宅や介護施設で最期を迎えることになり、自宅での看取りがいっそう身近なものになってきました。

そうしたことも背景に、終末医療の現場に長く携わってきた著者が語る「人生最後の一日の重み」に思いを馳せてみましょう。

■「明日がくること」の価値を意識する

著者の小澤氏は、救急救命センターや地方の町立病院、ホスピスでの勤務を経て2006年、在宅医療専門のクリニックを開院。病気や高齢で通院が難しい患者さんのため、積極的に訪問診療を行っています。

2,800人の患者さんを看取った経験から、著者は現在と未来、過去という時間のつながりを強く意識したそう。

残された時間がわずかだと知ったとき、私たちは夢や目標のために一生懸命努力し続けることができるでしょうか。将来に向けて貯蓄をし続けることができるでしょうか。旅行や観劇といった楽しみの計画も、明日があると思えばこそ可能です。

「なんの疑いもなく『明日』を語ることができるのは、それだけで大変な宝物」と著者はいいます。それは、健康に生きる多くの人にとっても同じ。本書のタイトルにもなっている「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」というメッセージは、同じ「一日」が受け取り方によって大きく変わることを端的に表した一言だといえます。

■「ただ丁寧に聴く」ことで救われる!

著者は、訪問医療では診察や検査、薬の処方だけでなく、心のケアが重要であるといいます。人生の最終段階を迎えた人が穏やかな気持ちで過ごすためには、身体の痛みと同じように心の苦しみや痛みを和らげることが欠かせないのです。

著者は、「苦しみは、希望と現実のギャップから生まれる」と考えます。やりたいことがあるのに残された時間が少ない、おいしいものを食べてあちこちを訪ねたいのに身体の自由が利かない。そういったギャップが大きいほど、心の苦しみも大きくなるといいます。

終末医療の現場で著者が心がけているのが「ただ、相手の話を丁寧に聴くこと」。先入観を持ったり、自分の意見や体験談を話したりせず、話を最後まで丁寧に聴くのです。すると患者さんは「自分の苦しみをわかってくれた」と、気持ちが落ち着くのだといいます。

そのため、著者は苦しみを抱えた人がいたらできるだけ「この人、暇そうだな。こちらから声をかけてみようかな」と思ってもらえるような雰囲気をつくることを心がけているといいます。そんな医師になら、苦しみや心残りを打ち明けることができそうです。

そして、健康に生きる私たちも日々、程度の差はあれ理想と現実のギャップを感じながら生きています。そんな時、気持ちを打ち明けられる相手がいれば、家族や友人の話をただ丁寧に聴いてあげることができれば、苦しみを和らげるヒントになるのではないでしょうか。

■毎日を「特別な一日」に変えるといい

そして迎える「人生最後の一日」とは、どんな一日でしょう。

もちろん、迎えてみなければわからないことですが、著者は「最後の一日は『人生に納得する』ためにある」といいます。それまで後悔の多い日々を過ごしてきても、最後の一日に「自分の人生は幸せだった」と思えたら、人は穏やかにこの世を去ることができる、とも語ります。

そして、その思いはすべての人に向けたメッセージにつながっていきます。

著者は「もし毎日の生活を『つまらない』と感じているなら、ときどきでかまいませんから『きょうが人生最後の日だ』と想像し、非日常の視点から日常を眺めてみましょう」と提案します。そうすることで、特別なことはなくても、普段当たり前に過ごしている日常が、いかに輝きに満ちた、かけがえのないものであるかがわかるようになる、と語るのです。

本書では、著者が患者さんを看取るなかで気づいたこと、患者さんに教えられたことが、貴重なエピソードとともに語られています。人生の終わりに、患者さんが自分の人生を見つめなおし苦しみを和らげていく姿には、はっとさせられ、ひるがえって自分自身の「今日」という一日の重みを実感するはずです。

そして、自分自身にこう問いかけてみてください。「もし今日が人生最後の日だとしたら、どう生きたいですか?」

(文/よりみちこ)

 

【参考】

小澤竹俊(2015)『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』アスコム

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