昔は2月の最終日は「30日」だった?知られざる2月30日の謎

  • LINEで送る
2016.02.23

shutterstock_323969918

現在、日本では世界標準の「太陽暦」をもとにしたグレゴリオ暦が使用されています。しかし、かつては太陰太陽暦、いわゆる“旧暦”と呼ばれている暦を使っていたことをご存知でしょうか?

グレゴリオ暦で、うるう年に「2月29日」が存在することは誰もが知る事実。ただし、暦にもいろいろなものがあります。なかには、2月30日が存在する暦もあるのです。

■スウェーデンのユリウス暦に2月30日が登場!

最初に2月30日が認識されたのはスウェーデンでした。かつて17世紀頃のスウェーデンでは、ユリウス暦という暦を導入しており、世界標準のグレゴリオ暦に改暦を試みました。ところが、ここで問題が出てきます。

当時のユリウス暦は、ややこしいことにグレゴリオ暦よりも11日進んでいたのです。このズレを解消するには、「この年は12月20日で1年を終えるよう設定する」とか、「1月1日の翌日を1月13日にする」などの強行改革が必要でした。

しかし、そのような極端な改変をするには不都合もあるため、うるう年を間引いて少しずつグレゴリオ暦に日付を合わせていこうとしたのです。

具体的には、1700年から1740年の間にユリウス暦でうるう年だった年を、すべて普通の平年にしようとしたのだとか。

しかし最初の1700年はよかったのですが、1704年と1708年が想定外のうるう年になってしまい、結果としてユリウス暦でもない、グレゴリオ暦でもないカレンダーの国になってしまったのです。

これでは国際社会のなかで不便なので、対策としてまずユリウス暦に日付を戻すため、1712年にうるう日を2日導入することとなりました。それが、2月29日と2月30日だったというわけです。

■旧ソ連にも2月30日は登場しそうになっていた

旧ソ連では、1918年にグレゴリオ暦が導入されましたが、1929年に週5日制の独自カレンダー、ソビエト連邦暦が導入されました。世界の常識をよそに、週5日制とは大胆な改変ですね。

さらに、その翌年1930年には、年間すべての月の日数を30日に統一し、余った日数はどの月にも入れないという独自のルールを制定しようとしました。

しかし、周辺諸国がグレゴリオ暦を使用しているため、不都合が生じ、結果的にそのルールは採用されませんでした。

■昔は日本でも2月30日が2月の最終日だった!

世界暦という、太陽暦の一種である暦では、2月30日が毎年あるそうです。しかし、実際にこの暦を使用している国は過去も現在もないので、2月30日は事実上存在していないということになります。

一方、日本でも過去に使用されていた旧暦の場合、月の終わりは29日か30日なので、年によっては2月の最終日として存在したことがありました。また、元号を使用する和暦では2月30日にあたる日が存在することが記録として残っています。

天平5年の2月30日には、『出雲国風土記』という風土記が完成しており、慶応4年には、イギリス公使パークスが、朱雀操(すざくみさお)と三枝蓊(さえぐさしげる)に襲われたというのは、歴史的に有名な事件でもあります。

また、漫画の話ではありますが、ゲゲゲの鬼太郎の誕生日は2月30日だという説もあります。

ただでさえ、うるう年やうるう日はややこしいと感じるのに、2月30日が存在したなんて驚きですね。人類の歴史のなかで、さまざまな研究と試行錯誤があったことがよくわかる例です。

(文/hazuki)

 

【参考】

February 30th-Now I Know

関連記事