時間に追われる全ての人に知ってほしい「平凡な1日」の持つ重み

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2016.03.02

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「先週の水曜日、なにをしていましたか?」

この質問に、即座に答えられる人はどれくらいいるでしょうか。週末が休みの会社員であれば出勤、子どもも幼稚園や学校に行きます。多くの人がなんの気なしに通り過ぎてしまう週のまんなか・水曜日。そこに意味を見いだをした取り組みがいま、注目を浴びています。

取り組みの名前は「赤崎水曜日郵便局」。そのプロデューサー兼管理人で新刊『赤崎水曜日郵便局 見知らぬ誰かとの片道書簡』(KADOKAWA)の著者・楠本智郎さんにお話を伺いました。見えてきたのは、“平凡な1日”の持つ重みでした。

■3年で5,000通以上が集まった

「赤崎水曜日郵便局」は、熊本県津奈木(つなぎ)町が運営する公立美術館「つなぎ美術館」が2013年からことし3月まで、3年間の期間限定で行うアートプロジェクト。楠本さんはこの美術館の学芸員として、活動を主導しています。

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水曜日に起こったできごとを専用の便せんにしたためて「赤崎水曜日郵便局」宛に送ると、知らない誰かの水曜日について書かれた手紙が名前を伏せたかたちで届く、というもの。熊本県の小さな町で始まった取り組みは口コミから新聞やラジオ、テレビなどで取り上げられ、ことし2月現在で5,100通以上が寄せられました。

送り手の多くは30代、20代の若い世代。全体の8割ほどが女性です。「アナログからデジタルの過渡期に育った、手紙も経験しインターネットも使いこなせる世代が多く参加してくれている印象です」と楠本さん。

■100人いれば、100通りの幸せ

このプロジェクトを特徴的なものにしているのが、“水曜日”のできごとをしたため合う、という設定です。水曜日を選んだ理由は、プロジェクトのシンボルになっている小学校の廃校舎が海の“水”の上に立っていること、そして、週の真んなかであるということ。

「日常性を大切にしたかったんです。ともすれば思いだせないような1日に、あえて思いをはせてほしくて」。当初の思いをそう振り返った楠本さん。

プロジェクトの活動をまとめた書籍「赤崎水曜日郵便局」では、そのうち101通を読むことができます。給食に出たカップアイスの“お気に入りの食べ方”を教えてくれる8歳の女の子。

娘の恋人が結婚を申し込みに訪ねてきた1日を振り返る57歳の女性。仕事が休みで、娘を保育園に迎えに行った48歳の男性。何気ない日常がつづられた手紙ですが、読んでいると胸を突かれます。

「たとえば土曜、日曜なら特別なできごとを書いた手紙が多かったと思いますが、水曜日にしたことで、日常のできごとから自分の人生まで掘り下げて思考した手紙が多かった。

親しい人にはいいにくいけれど誰かに聞いてほしい悩みを抱えている方が、手紙を出すことで一歩前に踏み出すきっかけにできた、ということも聞きました。受け取った人も、100人いれば100通りの幸せのかたちがあると感じられたんじゃないかと思います」

あえて週のうち最も平凡な1日を見つめることで、自分自身とじかに向き合う機会になったのでは、と楠本さんは考えています。

■ゆるやかなつながりがもたらすもの

そしてもうひとつ、手紙という手段からも気づかされるものがあった、と楠本さん。

「赤崎水曜日郵便局は、きずなのあり方を問いかけているんじゃないかなという気がします。SNSで人と人が簡単に、密につながれる時代、赤崎水曜日郵便局のようなゆるやかなつながりだからこそ伝えられることもあるんじゃないか、と。

いまは、メッセージを送ってもすぐに返事が来なかったら『どうしたんだろう』と思うし、もらって返しそびれていると『早く返さなきゃ』と思いますよね。でも、昔はそうでもなかった。時代は本当に変わったけども、手紙のように、送ってから相手に届くまでの間にワンクッションあるということは、人間が思考する上で必要なことなんだな、と感じました」

「赤崎水曜日郵便局」の活動はことし3月末で終了しますが、書籍『赤崎水曜日郵便局』では、そのエッセンスを感じることができます。

アートという枠組みで、普通の1日の重みを世に問いかけた今回のプロジェクト。その集大成である本書には様々な物語がつづられ、まさに「現代の万葉集」。何年か後にもう一度読むと、新たな発見もありそうです。

毎日の忙しさに追い立てられ、昨日のことも思い出せないほどのスピードで生きている――そんな人にぜひ読んでほしい1冊です。

(文/よりみちこ)

 

【取材協力】

※楠本智郎・・・1966年福岡県生まれ。タイ国立大学の常勤講師などを経て2001年からつなぎ美術館主幹・学芸員。社会教育事業としてのアートプロジェクトを考案し、アーティストと住民が年間を通じて地域資源を活用しながら表現活動に取り組む「住民参画型アートプロジェクト」を2008年から実施している。

近年は複数のプロジェクトを同時に運営しながら地域密着型アートプロジェクトの功罪を踏まえた上で、都市部から離れた地域におけるアートの可能性を探っている。

 

【参考】

楠本智郎(2016)『赤崎水曜日郵便局 見知らぬ誰かとの片道書簡』KADOKAWA

アートプロジェクト「赤崎水曜日郵便局」公式サイト(毎週水曜日のみオープン)

 

【撮影】

※森賢一

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