人生にはつらいことがつきもの。それを避けて通ることは、不可能だと断言しても過言ではありません。
しかし「つらい」という部分こそ同じでも、「次はもっとうまくやろう」と、まるで何事もなかったかのように楽しげに毎日を過ごす人もいれば、いつまでもくよくよと「終わったこと」を引きずっている人もいます。
でも、できることならイヤな気持ちを引きずらず、気持ちを前向きに切り替えて進みたいもの。
そこでぜひとも参考にしたいのが、きょうご紹介する『「引きずらない」人の習慣』(西多昌規著、PHP研究所)です。
著者は、おもに大学病院で患者さんの診察や、医学生・研修医の教育に携わってきたという人物。現在はそのキャリアを生かし、スタンフォード大学で、ご自身の専門である睡眠医学の研究を行なっているそうです。
当然のことながら、そんな著者自身も人間関係のトラブルでネガティブな気持ちを引きずってしまったり、心を砕かれたりした経験があるのだとか。
また、自分よりもはるかに大変な「引きずりそうな出来事」を克服してきた多くの患者さんとも接してきたといいます。
そんな経験からいえるのは、くよくよしないことはできないにしても、いつまでも「引きずらない」ことはできるということ。そこで本書では、「引きずらない」ために必要なことを説いているわけです。
■100%引きずらないのは無理
仕事の悩みを、プライベートでも引きずってしまうことはよくあるものです。
たとえば仕事でミスをし、家に帰って家族に八つ当たりしてしまったり。また逆に、失恋のショックから立ちなおれず、仕事に身が入らないというようなこともあるでしょう。
「仕事をしている私」も「家でプライベートな時間を過ごしている私」も、どちらも同じ私。だからこそ、仕事とプライベートを分けることは、なかなか難しいのです。
そんなせいもあってか、「オンとオフのスイッチを切り替えよう」と、いろんなところで耳にします。しかし、仕事とプライベートを完全に分けることができて、悩みを100%引きずらないというのは無理な話だと著者は断言しています。
仕事中にも帰宅時間や余暇のことを少しは考える、プライベートでも、大切な案件のことはアタマに残っている、それが現実だということ。
そのような考えを軸に、むしろ、数ある悩みのなかから「引きずってもいい」ものを選ぶというやり方があってもいいと著者。すべてを引きずらないというのは困難な話で、現実的ではないからです。
そして、そのようなチョイスができたなら、すでに心のなかに余裕が生まれている証拠でもあるといいます。
いいかたを変えれば、「引きずってもいい」というのは、未来を向いている態度。なぜなら「引きずる」自分を許してあげているから。
■引きずってもいい4種類の悩み
ところで、人間の悩みは、たった4つしかないという説があるのだそうです。それは(1)人間関係、(2)金銭問題、(3)健康問題、(4)未来のこと。
なんとなく納得できる話ではありますし、著者のフィールドである精神科の診察室での悩みも、この4種類がほとんどなのだといいます。
そして著者は、この4種類の悩みに関しては、「引きずる」ことを許してもいいと考えているのだとか。
それには根拠があるようです。
職場の人間関係がこじれている人はもちろんのこと、リストラによる生活苦、がんを告知されたあとのショック、自分自身の将来の不安など、数々の悩みをたくさん聞いてきたからこそ、こうした思い悩みは「引きずらない」ほうがおかしいと思うのだそうです。
いっぽう、「こんなことは絶対に引きずらない」「気持ちを切り替えたい」というものも、ひとつくらいは決めておいてもいいといいます。
たとえば、プレゼンで失敗した、会話で場違いなことをいってしまったなど、その日のうちに片づけてしまいたいモヤモヤについては、「引きずらない」と決めてしまうほうがいいということ。
そして4つの悩みに関しては、「仕事は家に持ち帰らない」「プライベートは職場に持ち込まない」などと無理にオンとオフとで割り切ろうとするのではなく、家族や職場の同僚などに話してみてもよいといいます。
ただし当然のことながら、家で仕事の愚痴ばかり、職場で家の不満ばかりになってしまうなど、極端にならないように気をつける必要はあるでしょう。
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豊富な経験を軸として書かれており、しかも語り口がソフトなので、無理なく受け入れることができる内容。
「ついつい引きずってしまう」という方には、ぜひ読んでいただきたいと思います。
(文/書評家・印南敦史)
【参考】
※西多昌規(2016)『「引きずらない」人の習慣』PHP研究所