マインドフルネスとは、自分の気持ちや体の状態を把握するための行為もしくは精神状態のこと。瞑想に似ており、効果的なストレス対処法として欧米でその効果が高く評価されています。
そんなマインドフルネスの観点から「怖れ」との対峙法を説いているのが、きょうご紹介する『怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~』(ティク・ナット・ハン著、島田啓介訳、サンガ)。
著者は、ベトナム出身の禅僧、人権運動家、学者、詩人。また、ダライ・ラマ14世と並んで20世紀から平和活動に従事する代表的な仏教者で、マインドフルネスについて多くの著作を持つ作家でもあります。
■人は「怖れの種」をまっすぐ見つめると変わる
私たちは、過去に起こった出来事に心を縛られ、これから先のことに不安を抱いてしまうもの。しかし、怖れから逃避したりせずに「怖れの種」をまっすぐに見つめれば、そこから変容がはじまると著者は主張しています。
そして変容をうながす強力な方法のひとつが、「5つの確認」の実践。
息をゆっくりと吸って吐きながら、それぞれのフレーズを心のなかで唱えてみると、自分のなかにある怖れの性質とその根源を深く見つめるための味方になってくれるというのです。
ではまず、その5つの確認を見てみましょう。
(1)私は歳をとる。老いからは逃れられない。
(2)私は病気になる。病気からは逃れられない。
(3)私はやがて死ぬ。死からは逃れられない。
(4)いま大切にしているものや愛する人々はすべて変わりゆく。別離からは逃れられない。
(5)私は体、言葉、心による行為の結果を受け継ぐ。私の行為だけが継続していく。
ひとつひとつの項目を深く見つめつつ、気づきを向けつつ息を吸い、息を吐く。そうして自分を力づけながら、怖れに取り組んでいくというのがその手法。
各項目を見ていきましょう。
■心のなかで唱えると怖れが減る5つのフレーズ
(1)私は歳をとる。老いからは逃れられない。
私たちが確実に歳をとっていくのは、普遍的で避けようのない事実。しかしほとんどの人はそれを認めずに、なんらかのかたちでその事実を否定して生きているもの。しかし心の奥底では、それが本当だとわけってもいます。
ところが、不安に満ちた考えを抑圧したところで、それは闇のなかでくすぶり続けるだけ。
だからこそ、私たちはこれを単なる理屈ではなく、現実に起こっていることとして、真実として受け入れなければならないと著者はいいます。
5つの確認は表面的な描写ではなく、自ら直接体験しなければならない真実を理解するためのよい機会だということ。
(2)私は病気になる。病気からは逃れられない。
たとえいま健康であったとしても、いつかやがて自分も病気にかかるときがやってきます。
いますぐにその真実を見つめようとしない限り、あるとき突然それが降りかかったとき、対処のしようがなくなるもの。
そこで、いまこの時点で、「体がある限り、必ずいつかは病気になる」ということを自覚しなければならないという考え方。
それを知れば健康ゆえの傲慢さから抜け出すことができ、そこから正しい行動(正業)の道が開ける。
すると自らの時間とエネルギーを最大限に生かして必要なことを行い、身心を傷めるような無意味な行動にうつつを抜かすことはなくなるというのです。
いわば、すべきことがはっきりするということです。
(3)私はやがて死ぬ。死からは逃れられない。
死は私たちが向き合うべきリアリティであるだけに、潜在意識は常にそれを忘れようとするもの。
しかし、自分がいつかは死ぬというリアリティに本当に向き合ったとき、人は馬鹿げた行動で自分を苦しめたり、永遠に生きるという幻想にしがみついたりはしなくなるといいます。
自分の死という事実を深く見つめれば、自らのエネルギーを、自分自身と世界を変容させ癒すための実践に注ぐことができるようになるのです。
(4)いま大切にしているものや愛する人々はすべて変わりゆく。別離からは逃れられない。
死ぬときに携えていけるものはなく、いま大切にしているものはすべて、明日にはなくなるかもしれません。
ブッダは「いつでも手放せる心構えを持つべきだ」と説いているそうですが、それは別離からは離れられないものだという考えがあるから。私たちはいつでも、手放すための準備ができていなければならないということです。
(5)私は体、言葉、心による行為の結果を受け継ぐ。私の行為だけが継続していく。
第5の確認が教えるのは、私たちの死後にも続いていく唯一のことは、カルマ(業)と呼ばれる、思い、言葉、行動だけであるということ。
カルマは私たちが依って立つ基盤で、むしろ唯一の基盤こそがカルマなのだとか。
健全なものであれ不健全なものであれ、どんな行為からも私たちはその事実を受け取るべきだということ。
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マインドフルネスに詳しくなかったとしても、無理なく取り入れるアイデア満載。怖れを少なくしていくためにも、目を通してみる価値はあるかもしれません。
(文/書評家・印南敦史)
【参考】
※ティク・ナット・ハン(2015)『怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~』サンガ