実は「腹八分目」も作法のうち!一流店で恥をかかない和食の作法

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2016.03.23

suzie.20160323

『一流の人はなぜ姿勢が美しいのか』(小笠原清忠著、プレジデント社)の著者は、小笠原流三十一世宗家。

室町時代から800年以上にわたり、一子相伝で受け継がれてきた「実用・省略・美」を旨とする小笠原流礼法の継承者です。

つまり本書ではそのようなバックグラウンドを軸に、日本人としてぜひとも知っておきたい、そして世界に通用する「礼法の真髄」を紹介しているのです。

きょうはそのなかから、一流店を訪れた際に役立ちそうな、和食の作法に関する記述に焦点を当ててみたいと思います。

そしてそのなかから、数字に絡んだいくつかのポイントを引き出してみましょう。

■着席したらまず「一礼」が正解!

食事の席についたら、最初に「いただきます」の気持ちを表す一礼をするのが正しいのだそうです。

この時点ですでに、ほとんど知られていないことだといえるのではないでしょうか?

ちなみに食膳の前で手を合わせる仕草をよく見ますが、これは宗教に由来するものなのだとか。つまり、本来の作法にはないのだそうです。

次に、「箸構え」を。これは、感謝を表す本来の所作。正座の姿勢から、右手を伏せ、膳に置かれた箸のなかほどをとり、腿の上に引き寄せます。

左手を受けるかたちで箸に添え、姿勢を正したら箸構えの完了。

続いて右手を箸に沿って下に回し、箸を持ちなおして膳に運びます。

箸は、中ほどを持つのが正しいそうです。上のほうを持つと粗相をしやすくなるので、深く握らず、鉛筆を持つように軽く持つのだということ。

ところで和食は、右手に持った箸でいただくように配膳されているものなのだといいます。たとえ左利きだったとしても、左手に箸を持っていただくことはしないのだというのです。

つまり左利きの人は、右手で箸が使えるように練習しなければならないということで、これは大変そうです。

■食事の「腹八分目」も作法のうち

昔から、「腹八分目」といわれているのはご存知のとおり。もう少し食べたいと思うくらいが適度な食事量だということで、これも作法のひとつだと思うほうがよいと著者は説明しています。

食べすぎが体によくないということは、誰もが知っていること。とはいっても、これほど食料が潤沢で多彩な料理を楽しめる現代においては、人は自制を失ってしまいがち。

毎日三食、満腹になるまで食べていれば、食事のたびにお腹が満たされないと満足できなくなってしまうわけです。

しかし、姿勢を正すことも、正しく歩くことも、食べる作法も、多少なりとも自制心を働かせなければできないこと。

常に自分の体を意識するとは、そういうことなのだと著者はいいます。

■礼節とは「ほどよき自制」のこと

食べすぎとは逆に、食べないこともまた問題。たとえばそのいい例が、女性のダイエットです。

無理なダイエットは、やせすぎや体の変調を招くもの。また、朝食を食べない人が増えているのも困りものだと著者。

なぜなら朝食を抜くと、そのぶん昼食や夕食を食べ過ぎることになってしまい、それもまた体の変調につながるから。

「腹八分目」は、「ほどよき」をよしとする教え。

また礼節とは、いいかえれば「ほどよき自制を知る」ことでもあるといいます。

食べることは人の生存に関わることですから、自制することなく欲望に従ってしまえば際限がなくなってしまいます。

いわば、江戸時代の本草学者、儒学者である貝原益軒のいう「禽獣の行いに近し」(けだものの行いのようなものだという意)。

しかし、礼は飲食にはじまるものだと著者はいいます。

正しい作法で食事をすれば、ほどよく自制の利いた生活を送ることができるという考え方です。

当然のことながら、ここでご紹介したのは和食の作法のほんの一部。しかも和食の作法のみならず、本書内においては、驚くほど緻密にさまざまな作法が紹介されています。

それを「面倒だ。細かいことは気にしないほうが楽だよ」と切り捨ててしまうのはいちばん簡単なこと。

しかし、否定することなく受け入れてみれば、そこから見えてくるものがあるはずです。

忘れていた、あるいは知らなかった作法を学び直すことはやはり大切。そういう意味において、ぜひとも読んでおきたい書籍だといえます。

(文/書評家・印南敦史)

 

【参考】

※小笠原清忠(2016)『一流の人はなぜ姿勢が美しいのか』プレジデント社

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