忙しい毎日を過ごしていると、あたかも自分が充実した人生を送っているかのように錯覚してしまいがちです。
しかし、それは大きな勘違いだと指摘するのは、精神科医・医学博士である『ぼんやり脳! 上手にボーッとできる人は仕事も人生もうまくいく』(西多昌規著、飛鳥新社)の著者。
充実しているどころか、常になにかをやって忙しくしているのは、脳にとって「非常に不健康な状態」だというのです。
そして、だからこそ「なにもせずにボーッとしている時間」が必要なのだということが本書の考え方。実際、ボーッとしているときには、脳内において意識的課題を行っているときの15倍にもおよぶエネルギーが使われているというのですから驚きです。
ちなみに、ぼんやりしているときの脳活動システムは「デフォルト・モード・ネットワーク」(本書では「ぼんやりモード・ネットワーク」と呼ばれています)。脳をすこやかにキープしていくためには、その機能を落とさないようにしていくことが重要だというのです。
■ボーッとすると脳の健康にいい!
書店には、「時間術」「手帳術」などをテーマにした本や雑誌がたくさん並んでいます。しかし、その多くに書かれているのは、「ほんの数分の時間もムダにすべきではない」「すき間時間をフル活用しよう」というようなことばかり。
たしかに時間は大切で、有効に使うに越したことはないでしょう。
しかし、ほんのわずかな時間に対して汲々とするのは、ちょっと余裕がなさすぎると著者はいいます。すき間というすき間をすべて予定で埋めてしまったら、ほっと一息つく時間すらなくなってしまうということです。
むしろ、ビジネスや自分磨きなどにおいて他人に差をつけるために重要なのは、「いかに効率的にぼんやりするか」なのだとか。
脳を健やかに機能させていくためには、ボーッとする時間が不可欠。だからこそ、仕事と仕事の合間のすき間時間になるべくボーッとするようにしていれば、脳の疲れがスッキリとれて、その後の仕事に対してフレッシュな頭で臨むことができるということ。
■ボーッとするといい企画が浮かぶ
また、ボーッとしていると、ひらめきが湧きやすくなるのだともいいます。つまり、いい企画や、仕事上の懸案に対しても「そうか、こうすればよかったんだ」という解決策が浮かぶ可能性が高まるということ。
また、ぼんやりしているときの脳内においては、過去のことを反省したり、未来に対する準備をしたりしながら、自分の現在の状況を立てなおすようなネットワークが働いているのだそうです。
無意識のうちにぼんやりと頭に浮かべている反省や準備のイメージが、あとあと自分の思考や行動を修正する際に生きてくるのです。
だからこそ、「時間術」を学ぶよりも「ぼんやり術」を学ぶほうが、より脳の力を引き出して自分を伸ばしていけるという考え方。
■活動時の15倍もエネルギー消費
ちなみに「デフォルト・モード・ネットワーク」の存在を世界で初めて明らかにしたのは、ワシントン大学のM・E・レイクル教授。
その研究においては、脳の活動エネルギーの大半をデフォルト・モード・ネットワークが使っていたという点に多くの注目が集まったといいます。
レイクル教授によれば、脳が消費するエネルギーのうち、本を読んだり仕事をしたりといった「意識的活動」に使われるエネルギーは、全体のわずか5%程度。
約20%のエネルギーは脳細胞のメンテナンスにあてられ、残り75%のエネルギーが「なにもせずにぼんやりしているときの活動」のために使われているそうなのです。
「なにもせずにボーッとしているとき」には、「意識的な活動をしているとき」の15倍ものエネルギーが使われているということです。
■ボーッとする時間を大切にしよう
つまりエネルギー消費という側面からみれば、「なにもせずにぼんやりしているとき」の活動のほうがメインだったことになるわけです。逆に、仕事や作業に集中するなどの「意識的な活動」は、脳のエネルギー消費量からすれば“どうでもいい”という程度のものであったということ。
私たちは多くの場合、「なにもせずにボーッとしていること」に価値を見出すことはなく、むしろ「意識的に働いていること」を重要視して日々の生活を送っているのではないでしょうか?
事実、ぼんやりしている姿は、周囲の人から「仕事や作業をなまけている」「集中力を欠いている」と見られがちでもあります。
ところが、そんな「ぼんやり時間」にこそ、脳は大量のエネルギーを投入して重要な活動を行っていたというわけです。
だからこそ私たちは、これまでの先入観や価値観をいったんリセットし、「なまけモード・ネットワーク」「ぼんやりモード・ネットワーク」の大切さを見なおしていく必要があるのではないか? 著者はそう提言しています。
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たしかに著者がいうように考えれば、ずいぶん気が楽にもなります。精神的な負担を意識せず、最良のかたちで物事を進めるために、「ぼんやり時間」を意識してみるべきかもしれません。
(文/作家、書評家・印南敦史)
【参考】
※西多昌規(2016)『ぼんやり脳! 上手にボーッとできる人は仕事も人生もうまくいく』飛鳥新社