年収300万円しかなくても幸せになれる「お金とのつきあい方」

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2016.04.15

fujita daisetsu1

いま、所得格差が社会問題になっています。

国税庁の平成26年度調査では、民間の企業に勤める人のうち年間給与所得300万円台の層が17.3%で最多。

女性に限って見ると年間給与100万円台が26.2%で最も多く、年間給与300万円台までの層が女性全体の8割を占めるなど、まさに“年収300万円時代”といえます。

多くの人が「幸せになるために、もっと豊かになりたい」と願うなか、「生活の豊かさを最優先課題にすると、幸せにはなれません」と警鐘を鳴らす人がいます。

哲学者・ソクラテスの思想を下敷きにしたフィクション『ソクラテスに聞いてみた 人生を自分のものにするための5つの対話』(日本実業出版社)の著者・藤田大雪さん。

京都光華女子大学で教鞭をとるかたわら、訳書『ソクラテスの弁明』(kindle版)がAmazon kindleの哲学・思想部門で1位を獲得するなど第一線で活躍する古代ギリシア哲学の研究者です。

『ソクラテスに聞いてみた』でもお金と幸せの問題を取り上げている藤田さんに、幸せになるための「お金とのつきあい方」をお聞きしました。

■「幸せ」には魂の健康が欠かせない

「じつは、最初に“お金”が人々の生活に不可欠なものになったのは、ほかでもないソクラテスの生きた時代なんです」と藤田さん。

ソクラテスが生まれる200年ほど前にリュディア(今のトルコ)で発明されたお金(貨幣)が、紀元前5世紀ごろのアテナイで歴史上初めて一般市民に普及したのだそう。

やがて「もっとお金を手にして豊かになりたい」という思いにとりつかれる人も出はじめ、ソクラテスはそんな人々を“金銭愛好家”と呼びました。

「プラトンの『国家』という本のなかで、ソクラテスは金銭愛好家の心理について詳しく語っています。

金銭愛好家はとにかくさもしくて、どうすればお金が増えるかということにしか頭を使わない。富める者しか尊敬せず、財貨の所有にしか名誉心の満足を覚えない、と。ソクラテスはそんな心の状態を“魂の病気”と呼んでいます」

“魂の病気”といわれるとドキッとしてしまいますが、現代でもお金が価値観の中心になってしまうことはあります。

では、魂の健康とは? 藤田さんによれば、ソクラテスの答えはこうです。

「人間の心には、本来優れた能力がたくさん備わっているもの。それらが本来の役割を果たし、善いものを善い、美しいものを美しいと感じられる状態が“魂の健康”で、魂が健康でないかぎり幸福はありえない、とソクラテスは考えました。彼の哲学的問答は、魂を健康にする治療のひとつだったんです」

■豊かな生活はあくまで“おまけ”!

そして、ソクラテスの時代から2400年後の現代。

日本では雇用が不安定だったり、老後の生活資金が不安だったりとお金に関する悩みが尽きません。「もっと生活を豊かにしたい」という願いも、多くの人が持つ切実な思い。それでも、豊かさを願うことで魂は傷ついてしまうのでしょうか。

藤田さんにそう伺うと、「私も30歳を過ぎるまで大学の非常勤講師で年収200万円台の期間が長かったので、もっと生活を豊かにしたいという思いはすごくよくわかります。だけど、わかるからこそ、その思いは危険だと、あえていわせていただきたいのです」とのこと。

ソクラテスの思想の根幹をなすのは“自分はどういう人生を生きたいか”という問いかけ。

藤田さんは「豊かな生活とは、その問いかけに答えて真剣に生きたときについてくる“おまけ”であるべきなんです。もっと生活を豊かに、という願いにつき動かされて人生を組み立てることは、やっぱり優先順位を間違えてしまっているんじゃないかと思うんです」と指摘します。

魂を健康に保ち、幸せに生きるには、人生の基準を「お金」ではなく、善いものや美しいものに置いてみること。

貧しい人を蔑んだり、“お金持ち”という理由で誰かをあがめたりせず、お金以外の価値を理解できる人と交流して、お金では量れない価値にたくさん触れること。それらが大切だと藤田さんはいいます。そのことを忘れさえしなければ、魂を傷つけることなく生活の豊かさを追い求めることも、不可能ではないのです。

■プラトンが伝える“ソクラテス像”

ソクラテス研究者として活躍する藤田さんがソクラテスに興味を持ったきっかけは、プラトンの著作だったのだとか。

「じつは、ソクラテスは1冊も本を書いていません。私たちが知ることのできるソクラテスとは、おもに“プラトンの本に登場するソクラテス”のことです。

プラトンの著作『パイドン』は、裁判で死刑判決を受けたソクラテスが最後の一日に友人たちと哲学の対話をするというフィクションですが、そのソクラテスのかっこよさに完全にノックアウトされてしまいました。

誰もが心の中にヒーローを持つものだと思いますが、私にとってのヒーローはソクラテスで、そのソクラテス像をつくったのが『パイドン』でした」

著書『ソクラテスに聞いてみた』は、現代の若者とソクラテスを名乗る老人とのやりとりを描いたフィクション。

気軽にソクラテスの哲学のエッセンスに触れることができます。本書をきっかけにソクラテスに興味を持った人へのおすすめの哲学書を伺うと「プラトンの『ゴルギアス』がおすすめです」と藤田さん。

「ゴルギアスというのは当時の有名な知識人の名前で、プラトンの『ゴルギアス』には、このゴルギアスをはじめ、3人の知識人が順番に登場して、主人公のソクラテスとガチンコ対決をします。

とくに、最後に登場するカリクレスというキャラクターが強烈で、“哲学なんてなんの役にも立たない”とか、日本の財界のお偉いさんみたいなことをいうんです(笑)。このカリクレスとソクラテスの対話が本当におもしろいんですね。

プラトンの本は難しい哲学用語がなくて誰にでも読めるものです。ぜひ本家本元のプラトンの本も読んでみてほしいと思います」

とっつきにくいと敬遠されがちな哲学ですが、本来は“よりよい人生”を考えるためのもの。『ソクラテスに聞いてみた』を入り口に、よりよい人生について、豊かさと幸せについて考えてみませんか?

(文/よりみちこ)

 

【取材協力】

※藤田大雪・・・1980年京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程を修了。日本学術振興会特別研究員、京都大学非常勤講師、大阪体育大学 学習支援室主任を経て、現在は京都光華女子大学キャリア形成学部専任講師。専門は古代ギリシア哲学。博士(文学)。

主な論文に「プラトン『パイドン』における自然学批判について」(『西洋古典学研究』2011年)、訳書に『ソクラテスの弁明』『クリトン』『大ヒッピアス―美について』(いずれもkindle版)。

 

【参考】

藤田大雪(2016)『ソクラテスに聞いてみた 人生を自分のものにするための5つの対話』日本実業出版社

平成26年分 民間給与実態統計調査―国税庁

suzie.20160412

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