『患者は知らない 医者の真実』(野田一成著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、NHKの記者から医師に転身したという異例の経歴の持ち主。
きっかけは、事件や事故の取材に明け暮れるなかで、しばしば医療問題に接する機会があったことだといいます。
記者の立場から見た医療界は、専門性を壁として外部の目をシャットアウトする、閉鎖的な世界だったのだそうです。
そしてそんななか、以前からあったという医療への関心がどんどん高まっていくことに。そこでNHKを辞めて医学部へ編入学し、医療を学んだ末に医師になったというのです。
しかし現場に足を踏み入れてみ実感したのは、医療状況がさまざまな問題を抱えているという現実。
たとえばそのひとつが、「よりよい治療を受けたい」という患者さんと、理想の医療を目指して奮闘している医師との間に「溝」ができてしまっていることです。そこでその溝を少しでも埋めたいという思いから、本書を上梓したのだといいます。
ところで医療について考えるとき、私たちにとって切実な問題は「時間」です。特に大病院では、時間どおりに診てもらえないことが常識化しつつあるということ。
なぜ、そんなことになるのでしょうか?
■大病院では予約時刻が守られない理由
せっかく予約しておいたのに、予約時刻をすぎても一向に呼ばれなくて次第に苛立ってくるということはよくあるもの。
当然のことながら、医師の数が十分でないこと、もしくは大病院を受診する必要のない患者さんも大病院に集中してしまうことが。患者さんを長時間待たせてしまうことの一因だと、著者も認めています。
医師のがんばりと患者さんの忍耐がギリギリのバランスをとることで、なんとか成り立っているというのが現状なのだそうです。
ちなみに著者は都内の公立病院に勤めていたころ、15人から20人の患者さんを病棟で受け持っていたそうです。みんな、がんや肺炎の患者さん。
しかもそこは臨床研修指定病院という、研修医を育てる病院でもあったので、医学部を卒業したばかりの研修医とともに患者さんを診察していたといいます。
本書のなかでは、そのころの状況の一例が紹介されていますが、これがなかなかハード。
■遅れても無理はない診察スケジュール
・外来がはじまる8時半、一緒に回診していた研修医に、その日行うべきことを記したメモを渡して指示を出し、外来へ。
・外来の診療枠はほとんどが予約で埋まっているものの、近隣のクリニックから紹介状を持参して来院する患者さんや当日突然受診する患者さんもいるため、診療スケジュールは次第に遅延していくことに。
・予約時間をすぎて苛立つ患者さんへ、受付の事務員や看護婦が対応。
・診療室に入ってきた患者さんに医師からもう一度遅れた理由を説明して頭を下げ、診療開始。
・午前10時半に病棟から、長らく診療していた進行肺がんの患者さんの心拍が止まりそうだとの連絡。
・診療スケジュールはすでに1時間遅れとなっていたものの、いったん診療を中座して病棟へ上がり、ご家族が見守るなかで死亡宣告を行う。
・死亡診断書を記載し、外来診療部門に戻るが、結局11時の予約患者さんを診察室に呼び入れることができたのは午後1時前。
たしかにこんな感じなら、予約時刻に遅れてしまってもむしろ当然かもしれません。
■ランチは時間どおりに食べられない!
ちなみに著者の場合、平日の外来診療で、昼食を食堂や医局で食べることができるのは週に一度程度。
なんとか外来を抜けることができ職員食堂にたどり着いたとしても、定食がすでに品切れなので、コンビニでおにぎりとお茶を買うということも珍しくないのだとか。それは著者に限ったことではなく、多くの勤務医も同じような状況だそうです。
・そんな昼食後は複数の検査をこなし、すべてが終了したのは午後4時。
・その後は病棟に戻り、研修医と夕方の回診(家族との面談も)。
・研修医が姿を消した午後5時以降は、彼らの記載した診療録(カルテ)のチェックと追加の記載。
・入院患者に翌日の点滴や処方を出し終えると午後7時すぎ。そこからが自分の時間で、学会発表のためのプレゼンテーション資料を準備したり、論文を読んだり。
その後、午後9時半に病院を出て、帰宅は10時半。
ただし、がんや重症の患者さんを担当しているときは、自宅にいても看護婦さんから相談の電話がかかってくることが。緊急の場合は病棟に戻らなければならず、深夜でも容赦なく携帯がなるのだといいます。
そこで緊急の出勤ができるよう、枕元に着替え一式とカバンを常に置き、連絡を受けてから10分以内に出られるようにしていたのだそうです。
医師が多い大学病院や一般病院の一部の診療科では、夜間や休日の呼び出し当番をつくって対応しているものの、著者の所属する呼吸器科のように医師が不足している科では、このように勤務は決して楽ではないのが現実。
しかし著者も書いているとおり、それは「医師にとっても患者さんにとってもむしろ害悪」であるはず。
なんとかして、こうした状況を改善していくことが急務であるようです。
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他にも医師としての立場から、治療や投薬など、さまざまな角度から医療の現実を切り取っているため、とてもわかりやすい内容。
医師との間によりよい関係を築くためにも、読んでおいたほうがいかもしれません。
(文/作家、書評家・印南敦史)
【参考】
※野田一成(2016)『患者は知らない 医者の真実』ディスカヴァー・トゥエンティワン