英語を学ぼうとする人が英和・和英、または英英辞書を手放せないのと同じように、アナウンサーにとって手放せないのが「アクセント辞典」。
ちょっと重いのと、お高いのが難点ですが、正しい日本語を話すことを職業としている者にとってはまさにバイブルなのです。
■18年ぶりに改訂されて1万語もアップ!
いくつかの出版社から発行されていますが、なかでも高い人気と信頼性を誇るのが『NHK日本語発音アクセント辞典』。
放送で使われている言葉を中心に約6万5,000語が掲載されているこの辞典は、初版が昭和18年に発行されて以来、時代に合わせて改訂が行われてきました。
そしてこのたび18年ぶりに大改訂され、『NHK日本語発音アクセント新辞典』として5月に発売。今回は過去最高の約7万5,000語が掲載されています。
改訂にあたっては、NHKのアナウンサー約500人を対象に、大規模なアクセント調査を3回実施したそうです。言葉は生もの。
かつては間違いとされた発音が、大多数の人が使うようになったらそちらが正しいと認識されるようになるなど、歴史の流れのなかで変化をしていくのが常です。
変化の基準として、「日本語としての正しい発音を学んだNHKのアナウンサーの大半が使うようになったら正しい」と考えてもいいということかもしれません。
■ベテランアナウンサーほど戸惑う改訂ぶり
これで5回目の改訂となるNHKのアクセント辞典ですが、「これぞ現代のアクセント辞典」と謳っているだけあって、これまでとはくらべものにならない大規模な改訂になりました。
まず目を引くのは、1966年の改訂から使われてきたアクセントを示す記号が、一新されたこと。
ひとつの単語のなかで、「どの音までを高めに発音し、どの音から下げるか」を示すために、これまでは「棒カギ式」と呼ばれる記号が使われていました。
しかし今回はもっと単純に、「ここで音を下げる」ことを示す「斜線」が採用されたのです。
……というのは、アナウンサーにとっては非常に衝撃的なニュースなのですが、ちょっと専門的な話ですので深い説明は省きますね。
アクセントの記号が変わるのと同時に、これまで正しいとされてきたアクセントについても、いまではほとんど使われていないものは削除され、実際の放送でよく使われているアクセントに変更されています。
たとえば「二次会」という単語。
これまで、「スズラン」と同じように、「にじ」までを高く「かい」を下げるのが正しいアクセントとされ、「国会」と同じような平らな読み方は「許容範囲」のアクセント、とされてきました。
でも、「二次会」を「スズラン」と同じアクセントで発音する人って、あまりいませんよね?
今回の改訂でとうとう、「スズラン」型のアクセントは辞書から消えて、「二次会」は平らな読み方だけになったのです。
私が群馬県でアナウンサーをしていたころには、「前橋」のアクセントでずいぶん怒られたものでした。
地元の人は「前橋」を平らに発音しますが、アクセント辞典に掲載されているのは「ま」を高く、「えばし」を下げて発音するアクセント。
私は当時、どうしても「まえ」まで高めの「スズラン」型で「前橋」を発音してしまっていたのです。正しいアクセントでもなければ、地元の発音でもありません。
だから「アナウンサーのくせに」と眉を顰められていました。でも、今回の改訂で「ま」だけが高いアクセントは消え、「まえ」までが高いアクセントが採用されています。いまなら、怒られずに済んだかもしれません。
このような改訂はもちろん現代の事情に合わせたものですが、これまで一生懸命正しいアクセントをおぼえようとしてきたベテランアナウンサーにとっては、また新しいアクセントをおぼえなおさなければいけないということで、戸惑っている人も多いようです。
■「4億」「4日」の正しいアクセントも
さらに今回の改訂では、巻末に「ものや事柄を数える言葉」の一覧表が充実していることも目を引きます。
たとえば、4という数字は、「4億(ヨンオク)」だけど「4日(ヨッカ)」で「4円(ヨエン)」といった具合に、後ろにつく単位や数助詞によって読み方が変化します。
そこが日本語の味わいでもあるのですが、複雑で間違えやすいのも事実ですよね。そこをひとつひとつ表記して、もちろんアクセントも記載しています。
これを見ると、「8回」は正しくは「ハッカイ」ではなく「ハチカイであるとか(「ハッカイ」も許容範囲)、「八区」は「ハチク」だけど「八句」は「ハック」である、などがわかります。
ところで、最近よく民放のアナウンサーでも間違って発音しているのが「2月」「4月」のアクセント。この『NHK日本語発音アクセント新辞典』でもまだ、従来の平らな読み方が正しいアクセントとして記載されています。
でも「5月」「9月」と同じように、数字だけ高めで「月」の部分を低めに発音する人が増えていますよね。次回、十数年後に改訂されるときには、もしかしたら「2月」「4月」のアクセントも、変更されているかもしれません。
(文/アナウンサー・宮本ゆみ子)
【参考】
※NHK放送文化研究所(2016)『NHK日本語発音アクセント新辞典』NHK出版