きょうは、『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方 “短く働く”のに、“なぜか成果を出せる”人たち』(山嵜一也著、KADOKAWA)という書籍をご紹介したいと思います。
著者は、日本の大学院で建築設計を学んだのち、2001年に渡英したという一級建築士。以来10数年にわたり、ロンドンの住宅の改修や、橋、音楽堂などさまざまな建築の設計に携わってきたのだそうです。
そんな経験を積み重ねてきた結果として得たのは、「成熟国の先輩」であるイギリスならではの生き方・働き方があるという実感。そして、そこには日本人が学ぶべき(取り入れることのできる)多くの学びがあると感じたのだといいます。
それは、「成熟国に暮らす人たちの知恵」。
■無理な成長を目指していない
一般的にイギリス人は、“肩の力を抜いている”といわれます。それは「無理な成長を目指していない」ということでもあり、そこに私たち日本人にはないポイントがあるということ。
ひとつひとつのことを割り切り、できないことを無理してやらない。だからこそ、持続的に、効率よく、淡々と生活できるということなのでしょう。
実際のところ、イギリスにおける「総労働時間」は日本より低いにもかかわらず、「労働生産性」は日本より高いというデータもあるのだといいます。
■他人のボロい服を気にしない
ところで著者によれば、イギリスにはボロい服を着ている人が多くいたのだそうです。穴が空いていたり、ほつれていたりしていても、気にすることなく平気で着ているというのです。
地下鉄やバスでそういう人をよく見かけただけではなく、会社の同僚たちも、普段着はあまり気にしていない様子。
周囲がそんな感じなので、やがて著者もその感覚を身につけてしまったというのは、なかなかおもしろいエピソードではないでしょうか。
では、イギリス人はケチだから服を買わないのかといえば、そういうわけではないというのです。
つまり彼らはファッションにではなく、たとえばアートなど、自分にとって価値のあるものにお金をかけるということ。事実、「どうしてこんなところにお金をかけるんだろう?」と不思議に思うこともあったといいます。
その例として紹介されているのが、世界中から作品を募る公募展「ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ・サマー・エキシビション」での体験。
18世紀から240年以上続く歴史ある展覧会だそうですが、そこに「部屋を掃除したら出てきた、ちょっと日に焼けた建築模型」を応募してみたら、入選して展示され、買う人がいたというのです。
アートの展覧会に建築模型が出品されること自体が不思議な話ですが、イギリスではアートと建築の距離が非常に近く、絵画、彫刻、写真などの部門と同様に“建築部門”もあるとか。
それにしても、「どうせ誰も買わないだろうから」と、かなり高めの金額をつけておいた建築模型が売れたことは、著者にとっても新鮮な出来事だったようです。
■アートを所有することに喜ぶ
たしかに昨今では、アートが投資の対象として見られている側面もあるでしょう。それも事実ではありますが、他方には、純粋にアートを所有することに喜びを感じている人も、イギリスには多くいたといいます。
その証拠に、友人たちの家を訪れると、絵画や写真などが額に入れられて壁にかかっていたりするそうで、なんとも素敵な話ではあります。
そういう価値観の持ち主に囲まれていたことも影響してか、著者自身も、小さな彫刻を買ったことがあるのだそうです。
もちろん投資になるようなものではなく、そもそも投資目的ではなかったわけですが、「世界にひとつしかないもの」を買ってみると、アートを見る目が少し変わったように思えたのだというのです。
そんな経験があるからこそ、おしゃれな服を着飾ることで日常に潤いが得られるのと同じように、1枚のアートを部屋の壁に飾ることは気持ちに潤いを与えてくれると著者は述べています。
もちろん重要なのは、高い金額の絵画や彫刻を買うことではないでしょう。
ただ、自分へのご褒美として手に入れる服やバッグの代わりに、アートを買うという行為も、きっと日常を楽しくしてくれるということ。
著者はロンドンでの生活のなかで、日本人の価値観とは異なる新鮮な思いを身につけたということなのかもしれません。
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他にも、日本人にとっては新鮮なエピソード満載。視野を広げてみるという意味でも、読んでみて損はない一冊だといえます。
(文/作家、書評家・印南敦史)
【参考】
※山嵜一也(2016)『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方 “短く働く”のに、“なぜか成果を出せる”人たち』KADOKAWA