現在、世界には約7,000もの言語が存在しているそうです。
なかには、説明すればなんとかニュアンスは伝わるけれど、それ以外の言葉では表せないような言葉もあるのでしょう。
創元社から今年4月に発行された『翻訳できない世界のことば』は、著者のエラ・フランシス・サンダースさんが世界から集めた52の「翻訳できない」言葉のコレクション。ユニークなイラストもエラさんによるもの。
この素敵な本について、著者のエラさんにお話をうかがうことができたので魅力をご紹介します。
■ほかの言葉に翻訳できない言葉の魅力とは
まず、どのようにして52の言葉たちを集めたのかをお聞きしたところ、「普遍的なおもしろさ」を基準にしたと教えていただきました。
「本で知ったり、人から聞いたり、インターネットなどでふと目にした言葉を集めてリストにしたんです。200種のなかから、普遍的なおもしろさがあるかどうかを考えて厳選しました。それから、言葉にあったイラストが描けるかどうかもポイントでしたね」
確かに、イラストがあるだけで言葉の意味の伝わりやすさが変わりますよね。それでは、これらの言葉のなかで特に「翻訳できない」言葉にはどんなものがあるのでしょうか。
「この本にはイラストがついているので、その言葉がどんなふうに、どんなシチュエーションで使われるのかはわかりやすいと思います。
ただ、スウェーデン語のfika(フィーカ)は、ニュアンスを伝えるのが難しい言葉です。スウェーデン人にとってはこれがなくてははじまらないくらいの、しきたりみたいなもの。
本には書かなかったのですが、fikaは別にコーヒーがなくてもいいし、ひとりでもいいし、日常のなかの束の間の休息も、カフェで本を読んでいても、fikaです。もちろん、fikaにコーヒーはぴったりですけどね」
また、ドイツ語でぬるいシャワーを意味する言葉warmduscher(ヴァルムドゥーシャー)については、どちらかといえばよくない言葉なんだそうです。
「これは、“少々弱虫で、自分の領域から決して出ようとしない人”のことをいいます。平坦ですが、意味深長な罵りの言葉です」
こんなにおもしろい言葉を翻訳できないなんて、なんだかちょっともったいないような気もしますよね。
■実は日本人がなにげなく使う言葉が魅力的
とはいえ、私たち日本人にもっとも親しみがあるのはやっぱり日本語です。そこで、エラさんに日本語のイメージについてうかがってみました。
「とても美しく、詩的で、歴史的なルーツを内包している言語だと思います。まだ数えるくらいしか日本語の言葉や概念(たとえば、間など)を知らないのですが、いつかもう少し学んでみたいと思っています」
ちなみに、本書に載っている数ある言葉のなかからお気に入りの言葉をお聞きしたところ、なんと日本語の「Boketto(ぼけっと)」がダントツでお気に入りだとのことでした。
なにをするでもなく、ぼんやりとしているさまを表すものですが、日本人がなにげなく使っている言葉に、イギリス人のエラさんが惹かれるのはうれしい驚きでした。
本書には、他にもいくつかの日本語が紹介されています。ですが、どんな言葉が載っているのかは、お楽しみということにしておきます。
■ほかの言葉に翻訳できない言葉が消滅中!
じつは、世界では2,500もの言語が消滅の危機に瀕しているといわれています。本書のなかでも、イディッシュ語やヤガン語、ゲール語といったあたりは危険なカテゴリーに入ります。
その言葉でしか表しきれないニュアンスを持つ言葉が消えゆく運命にあるとしたら、それはとても大きな損失なのではないでしょうか。
たとえば、チリのティエラ・デル・フエゴの近辺にくらす原住民の話すヤガン語には、こんな素敵な言葉があるそうです。
「Mamihlapinatapai(マミラピンアタパイ)」・・・同じことを望んだり考えたりしている2人の間で、なにもいわずにお互い了解していること(2人とも言葉にしたいと思っていない)
なにごとも言葉や論理に頼る現代社会においては、この言葉の意味する行為はむしろ洗練されているとさえ感じます。お互いへの揺るぎない信頼がなくては成立しない言葉ともいえるかもしれません。
*
一部の言語が消滅の危機にあると知って、「もし日本語がなくなってしまうのであれば、自分はどんな言葉を残したいだろうか」なんてことを考えてしまいました。
エラさんの素敵なイラストと共に言葉の説明がついている本書は、すでにアメリカでベストセラーになっており、世界七か国語に翻訳もされています。
自分のなかにたしかにある、だけど言葉にならない想いにぴったりはまる言葉が、もしかしたら外国語のなかからみつかるかもしれません。
(文/石渡紀美)
【取材協力】
※エラ・フランシス・サンダース・・・20代の著者、イラストレーター。さまざまな国に住んだことがあり、一番最近ではモロッコ、イギリス、スイスなど。フリーでスタイリッシュなイラストレーションの仕事をしながら、本を作りたいと思っている。質問も受け付け中。
【参考】
※エラ・フランシス・サンダース(2016)『翻訳できない世界のことば』創元社
※世界の言語の百科事典Ethnologue