「過去の栄光」をよりどころにして、現在の自分を過大評価しているため、目の前の現実をきちんと認識できなくなる。その結果、独善的で横暴になってしまう……。
そんな「傲慢」な人が増えていると指摘するのは、『オレ様化する人たち あなたの隣の傲慢症候群』(片田珠美著、朝日新聞出版)の著者。
精神科医として臨床に携わりながら、犯罪心理や心の病の構造を分析しているという人物です。
精神分析的な視点で、社会問題にも積極的に携わっているそうですが、そんな立場上、どうしても傲慢な人たちのことが目についてしまうというのです。
■よく「お金は怖い」といわれる理由
本書では傲慢な人たちのことを、「傲慢症候群」と呼んでいます。
これは政治家であると同時に精神科医でもある、イギリスのデービッド・オーエン元外相が提唱したものだそうです。
オーエン氏は「傲慢症候群」について、病気ではなく、「権力の座に長くいると性格が変わる人格障害の一種」だと考えているのだといいます。
たしかに、「権力を握ってからおかしくなった」といわれるような人はどこにでもいるもの。
同じように、お金に関連した「傲慢な人」の話もよく聞きます。
そもそも「お金は怖い」と、よくいわれていますよね。
いうまでもなくそれは、「お金を持った途端に人が変わったようになる」とか、「お金を手に入れるためならどんなことをする」というようなケースが少なくないからです。
また、期せずして大金を手にしたとたん、それまでとは別人のごとく傲慢人間に変貌するというようなことも往々にしてあるでしょう。
事実、本書においても、その典型というべき事例が紹介されています。
■豹変してしまった傲慢症候群の女性
「お店で値切らない人は馬鹿」「外車なんて、成金の乗り物」「日本人はメイド・イン・ジャパンが常識」「清貧こそ美しい」
ある女性は、ことあるごとにそう吹聴していたといいます。そして、お金や地位のある男性と結婚した知り合いの女性たちに対しては、「あんた、玉の輿狙いね」などと揶揄し続けてきたというのです。
ところが、あるとき、この女性の状況が一変します。母親が病死し、思いもよらず遺産相続で大金を手にすることになったというのです。
すると一転、まず彼女は外車を買い、次いでタワーマンションの高層階の部屋を2戸買い、娘夫婦に1戸を与えたのだそうです。さらに孫には、ヨーロッパ製のおもちゃをたくさんプレゼント。
そして娘の夫に向かって「あなたに甲斐性がないからと言って、娘にみじめな暮らしはさせられない。だから私が買ってあげるの」といい放ち、自分の夫に対しても「あなたが安月給だから、私は苦労している」というようになったそうです。
さらには以前とは別人のように、「国産車しか買えない人はかわいそう」「スーパーは民度が低いから、食材はデパ地下でしか買わない」「娘はしょっちゅうパリに買い物に行く」というようなことを、わざわざ周囲にいって回るようになったのだとか。
しかも、まわりから呆れられているにもかかわらず、本人は悪びれる様子がまったくなし。
■豹変する女性は元々金銭欲が強め!
つまり、この女性はいきなり大金を手にしてしまったことによって、お金の力を過信するようになり、その結果として傲慢になってしまったというわけです。
考え方も行動も以前とは一変したわけですから、驚かざるを得ません。
しかし著者は、「この変貌ぶりを見る限り、この人は過去の言葉とは裏腹に、もともと金銭欲が強かったのかもしれない」と分析しています。
つまり、親の遺産を相続するまで清貧を過度に美化していたのは、お金がほしくてたまらなかったのに、お金に縁がなかったから。
そのため、自己正当化せざるを得なかったからだということ。
だからこそ、大金が入った途端に豹変したのだというわけです。
ちなみに、散財しまくり、それを周囲にも自慢し、お金のない人を見下すというこの極端なあり方は、成金にしばしば見られる兆候だと著者はいいます。
ひとことでいえば、品がないのです。
しかも、これだけ派手に消費していたら、いくら大金でも遅かれ早かれ底をつくのは火を見るより明らか。いつまで傲慢な振る舞いを続けられるかは、はなはだ疑問だといいます。
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他にも本書では、さまざまなタイプの傲慢人間の事例が紹介されています。つまり、「そんな人たちと対峙したとき、私たちはどうすべきなのか」が本書の論点となっているわけです。
なにしろ傲慢な人たちを題材としているわけですから、決して気持ちのいい話ばかりではありません。しかし、現実的に傲慢な人が増えているのであれば、彼らから身を守る術を心得ておく必要はあるはず。
そういう意味で、本書には大きな価値があると感じます。
(文/作家、書評家・印南敦史)
【参考】
※片田珠美(2016)『オレ様化する人たち あなたの隣の傲慢症候群』朝日新聞出版