規模や程度の差こそあれ、つらい過去は誰にでもあるものです。ただ、『最悪から学ぶ 世渡りの強化書──ネガポジ先生 仕事と人間関係が楽になる授業』(黒沢一樹著、日本経済新聞出版社)の著者のように極端な人生を送ってきた人は、なかなかいるものではないと思います。
なにしろ、母親が17歳の高校生だったときに生まれ、父親は4人。貧困のため高校進学を断念。職人を目指すも原因不明の病で断念。
自殺しても奇跡的に助かり、病気で生死の境をさまよっても、火事で焼死しかけても一命を取りとめる。
……まだまだ書いていけばキリがないのですが、「波乱万丈」などということばではいい表せないほど劇的なのです。
しかも、そんな著者は、ホスト経験などを経て現在は若者のための就職支援をしているというのですから、なにがどうなったのか想像できません。
まずはその点をご説明しましょう。
■ホストから税理士事務所勤務に
著者を裏社会から救うことになったのは、税理士事務所に勤務できることになってから。
ホストから税理士事務所というのも極端な展開ですが、そこには理由があったそうです。
基本として心の底に根ざしていたのは、「なにかに依存していても、誰も助けてはくれない」という思い。
そこで、「ならば自分で会社をやろう」と考え、簿記の資格を取得し、税理士事務所に勤務することになったというのです。
税理士事務所を選んだのも、かつてバー経営に失敗した経験があったから。「どうしてうまくいかなかったんだろう?」と考えた結果、「『数字』の意識が弱かったからだ」という思いに行き着いたというわけです。
■若者と企業をマッチングする
転機が訪れたのは、テレビをかけたまま税理士事務所で掃除をしていたとき。そこで、就職先が見つからない大学生の特集を偶然目にして、「仕事のない若者たちと、人材がほしい企業をつなげられないか」と思いついたというのです。
そこでNPO法人「若者就職支援協会」を立ち上げ、現在はキャリアコンサルタントとして多くの若者と対話しているというわけ。
■黒沢さん流「幸せ」の考え方
そして注目すべきは、数々の不幸を体験してきた著者の「幸せ」に対する考え方です。今の仕事に就き、幸せに暮らしていられるのは、強い精神力があったからでも、ポジティブ思考のおかげでもないというのです。
いったい、それはどういうことなのでしょうか?
著者のことばを借りるなら、それは「幸せを追求しよう」と考えることをやめたから。
「やりたいこと」はできなくて、「夢」や「希望」も持てないもの。最初からそう考え、「絶対にこれだけは嫌だ!」というものだけを設定し、そこから逆説的に考えれば、幸せだと思えることの選択肢が広がるということ。
著者はそれを「ネガポジ・メソッド」ということばに置き換えていますが、つまりどんなことでも、まずはネガティブ(最悪)なことにフォーカスする。
そうすれば、そのこと以外のすべてを「ポジティブなもの」ととらえられるようになる。
そこまで考えを進めることができれば、「ネガティブ以外=ポジティブな選択肢」となり、「最悪な人間ではない自分」と共存できるという考え方です。
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不幸な経験をしてきた人は、とかくマイナス思考に陥りがち。そんななか、この著者が突出しているのは、めちゃめちゃ前向きで明るいことです。
だからこそ、心に強く訴えるものがある。読んだ人はきっと、生きていく力を実感できるはずです。
(文/印南敦史)
【参考】
※黒沢一樹(2015)『最悪から学ぶ 世渡りの強化書──ネガポジ先生 仕事と人間関係が楽になる授業』日本経済新聞出版社